『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第24花 共有~

フラ壊

 朝の教室は、まだ眠っているみたいに静かだった。

 机に鞄を置いて、俺は席に座る。
 いつもなら、そこからスマホを眺めるか、ぼんやり時間を潰すか。
 最近は――ノートを確認するか。

 机の中に手を入れ、指先でノートの端に触れる。

 開くか、開かないか。
 その一瞬の迷いが、ここ数日ずっと続いていた。

「……おはよ」

 声がして、顔を上げる。

 ダリアだった。

 いつも通りの制服。
 いつも通りの表情。
 いつも通りの距離感。

 なのに、どこか「来るとわかっていた」気がした。

「おはよう」
「早いね」
「そっちこそ」

 軽い会話。
 ごく普通のやり取り。

 ダリアは俺の前の席に座ると、くるりと振り返った。

「……今日、もう見た?」
「なにを」
「ノート」

 声は小さい。
 周りに誰もいないことを、ちゃんと確認した声だった。

「……まだだよ」
「そっか」

 それだけ。
 責めるわけでもなく、強く言うわけでもなく。

 ただ、それだけだったのに。

 俺は、机の中に入れていたノートを、少しだけ手前に引き寄せていた。

 それに気づいたのは、ダリアが視線を落としたときだった。

「……開かなくていいよ、別に」
 彼女は、あくまで自然な声で言った。
「今すぐじゃなくても」

「……だったら」
「でも、後で見ておいてね」

 言い方が、柔らかすぎて、拒否しづらい。

「今日、何も書いてなかったら」
「……」
「それはそれで、ちょっと安心できるから」

 “安心できる”。

 また、その言葉だった。

「ダリアは……」
 ふと、口をついて出た。
「そんなに、気になるのか」

 ダリアは一瞬だけ考えるように視線を上げて、それから小さく頷いた。

「うん。気になるよ」
「……どうして」
「だって……」

 言葉を選ぶみたいに、ほんの少し間を置いて。

「アスターくんが、一人で抱えてるものを」
「私だけは、知ってるって思っちゃったから」

 それは、誇っているようにも。
 責任を感じているようにも聞こえた。

「知らなかった頃には、戻れないでしょ」
「……」
「だったら……せめて、ちゃんと“共有”していたいなって」

 共有、という言葉が、静かに落ちる。

「秘密も」
「不安も」
「安心も」

 どれも、優しい言葉だった。

 なのに、その中に、わずかな違和感が混じっていた。

「……俺の負担を、増やしてないか?」
「え?」
「気にしすぎると……ダリアのほうが、しんどくなるだろ」

 正直な言葉だった。

 ダリアは少し驚いた顔をしてから、ふっと笑った。

「……優しいね」
「そういう意味じゃなくて」
「ううん、いいの」

 そう言って、ダリアは首を横に振る。

「私がしんどくなるかどうかは」
「私が決めるから」

 やわらかい声だった。
 でも、言い切りだった。

「アスターくんが気にすることじゃないよ」
「……」
「むしろ、気にしてくれるほうが……ちょっと困る」

 困る。
 その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

「だって」
 ダリアは、ほんの少しだけ目を細めた。

「それって、また“一人で背負おうとしてる”ってことになるでしょ?」

 胸の奥を、正確に突かれた。

「……」
「だから、いいんだよ」
「私が勝手に関わってるだけだから」

 勝手に。
 でも、その言葉とは裏腹に、表情はどこか満足そうだった。

「ねえ」
 ダリアは、俺の机の中に視線を落としたまま言った。
「今日の帰り、少しだけ時間ある?」

「……どうして」
「もしよければでいいんだけど」

 視線が、俺の顔に戻る。

「一緒に、見たいなって」

 何を、とは言わなかった。
 でも、答えはひとつしかなかった。

 ノート。

 俺の選択。
 俺の予測。
 俺の罪。

「……考えさせてくれ」
「うん」

 ダリアは、あっさり頷いた。

「待つのは、慣れてるから」

 その言い方が、少しだけ引っかかった。

 まるで、
 もう何度も待ってきたことがあるみたいな。

 チャイムが鳴り、教室が少しずつ騒がしくなっていく。

 ダリアは前を向き、何事もなかったように授業の準備を始めた。

 その背中を見ながら、俺は机の中のノートに指先を伸ばす。

 まだ、開いていない。
 でも、もう――

 「いつ開くか」じゃなくて
 「誰と開くか」を考えている自分がいた。

 そのことに気づいたとき、
 胸の奥で、また小さく、何かが引っかかった。

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