――やってしまった。
机に突っ伏しながら、何度目か分からない後悔を噛みしめる。
クラスの空気は、もう完全に俺から距離を取っていた。
話しかけてくる人間も、視線も、昨日までとはまるで違う。
別に、あいつと仲良くなりたかったわけじゃない。
……たぶん。
ただ、あの名前を聞いた瞬間から、頭のどこかがずっと浮ついていた。
「ユイ」というたった二文字が、
どうしようもなく俺を動かしてしまっただけで。
結果は、言うまでもない。
「……元気出せよ」
知らない男子が、気まずそうに声をかけてくる。
そいつも白石にアプローチして、撃沈したクチらしい。
顔に「仲間」って書いてある。
「ありがと」
そう返しながら、内心では思っていた。
お前は下心で突っ込んだ。
俺は、理由すら分からないまま突っ込んだ。
……どっちが痛いやつなんだろうな。
●
それから俺は、白石とほとんど目を合わせなくなった。
声をかけるなんて論外だし、
隣の席なのに、まるで知らない人間みたいな距離感だ。
なのに現実は容赦ない。
「隣同士でペア作ってー」
「次、席近い人でグループねー」
教師の一言で、簡単に世界が終わる。
白石と二人。
クラス中の視線付き。
……地獄かよ。
気まずい沈黙の中、プリントに視線を落としたまま黙々と作業をしていると、突然白石が放った。
「昔のユイは、そんなんじゃなかったのにね」
なぜか妙に胸がざわついた。
「悪かったね。そのユイとか言う人じゃなくて」
皮肉が口をついて出た。
クラスの嫉妬の視線も白石との共同作業も辛かった。
ただの八つ当たりだ。
「……」
白石は、何か言いたげに俺を見て、
結局何も言わずに視線を落とした。
「……そっか」
何がそっか。なのかは分からない。
だが、白石のことが少しだけ分かった。
どうやらユイという人物が鍵らしい。
●
季節はいつの間にか梅雨に入っていた。
どんよりした空と湿った空気。
クラスの雰囲気も俺の気分も、似たようなものだった。
共同発表の資料作りで、俺と白石は放課後に図書館へ行くことになった。
クラスの男子全員を敵に回したのは、言うまでもない。
「……お待たせ」
声に顔を上げる。
そこに立っていたのは、制服じゃない白石だった。
白いシャツに、淡い色のカーディガン。
それだけなのに、なぜかクラスで見るより柔らかく見える。
「……うん」
それ以上何を言えばいいのか分からなくて、俺は視線を逸らした。
とはいえ、こんな白石を見れるのは隣の席の特権だろうよ。
作業中、会話はほとんどなかった。
「これ、どう思う?」
「……いいと思う」
そんなやり取りが、ぽつぽつ続くだけ。
会話なんて呼べるものがあるわけでもなく、当たり前に白石も不機嫌…………ではない?
見間違えか?
どこか楽しそうな。いつもより表情が穏やかな気が……
かくいう俺も、不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ――
静かな空間の中で、白石がページをめくる音や、
ペンを動かす仕草が、やけに気になった。
「あっ……」
小さな声。
見れば、白石が手元のお茶をこぼしていた。
慌てたようにティッシュを取ろうとして、動きが少しだけぎこちない。
……あれ?
クラスで見る白石とは、どこか違う。
近寄りがたくて、完璧で、隙がなくて。
そんな印象だったはずなのに。
今目の前にいるのは、
少し不器用で、少し慌てていて、普通の女の子みたいな――
「……白石じゃないみたいだな」
ぽろっと、口から漏れた。
「なにそれ」
白石が、少しだけ眉を寄せる。
「【悲報】シリーズでしょ?」
「は?」
唐突に言われて素っ頓狂な声が出る。
「ユイを主人公にしたゲーム。2人で協力するやつ」
……え? なんで俺がやってるゲーム知ってるの?
「ていうか、いつまで白石呼びなの?」
呼び名か。確かに呼び捨ては良くないか。
「あ……いや、その……ごめん。白石さん……」
「……そうじゃないでしょ」
ため息混じりに言われて、俺は完全に言葉を失った。
そんなに俺は嫌われることをしたのか?
雰囲気もいつもの教室と同じ雰囲気に戻ってるし。
俺の中で、白石という人物が不思議な生き物になっていた。
そして、昔やった”ユイ”が主人公のゲームを気がつけば手に取っていた。
