君だけが俺をユイと呼ぶ~第3話 図書館~

君だけが俺をユイと呼ぶ

 ――やってしまった。

 机に突っ伏しながら、何度目か分からない後悔を噛みしめる。

 クラスの空気は、もう完全に俺から距離を取っていた。
 話しかけてくる人間も、視線も、昨日までとはまるで違う。

 別に、あいつと仲良くなりたかったわけじゃない。
 ……たぶん。

 ただ、あの名前を聞いた瞬間から、頭のどこかがずっと浮ついていた。

 「ユイ」というたった二文字が、
 どうしようもなく俺を動かしてしまっただけで。

 結果は、言うまでもない。

「……元気出せよ」

 知らない男子が、気まずそうに声をかけてくる。

 そいつも白石にアプローチして、撃沈したクチらしい。
 顔に「仲間」って書いてある。

「ありがと」

 そう返しながら、内心では思っていた。

 お前は下心で突っ込んだ。
 俺は、理由すら分からないまま突っ込んだ。

 ……どっちが痛いやつなんだろうな。

 ● 

 それから俺は、白石とほとんど目を合わせなくなった。

 声をかけるなんて論外だし、
 隣の席なのに、まるで知らない人間みたいな距離感だ。

 なのに現実は容赦ない。

「隣同士でペア作ってー」
「次、席近い人でグループねー」

 教師の一言で、簡単に世界が終わる。

 白石と二人。
 クラス中の視線付き。

 ……地獄かよ。

 気まずい沈黙の中、プリントに視線を落としたまま黙々と作業をしていると、突然白石が放った。

「昔のユイは、そんなんじゃなかったのにね」

 なぜか妙に胸がざわついた。

「悪かったね。そのユイとか言う人じゃなくて」

 皮肉が口をついて出た。

 クラスの嫉妬の視線も白石との共同作業も辛かった。

 ただの八つ当たりだ。

「……」

 白石は、何か言いたげに俺を見て、
 結局何も言わずに視線を落とした。

「……そっか」

 何がそっか。なのかは分からない。

 だが、白石のことが少しだけ分かった。

 どうやらユイという人物が鍵らしい。

 ●

 季節はいつの間にか梅雨に入っていた。

 どんよりした空と湿った空気。
 クラスの雰囲気も俺の気分も、似たようなものだった。

 共同発表の資料作りで、俺と白石は放課後に図書館へ行くことになった。

 クラスの男子全員を敵に回したのは、言うまでもない。

「……お待たせ」

 声に顔を上げる。

 そこに立っていたのは、制服じゃない白石だった。

 白いシャツに、淡い色のカーディガン。
 それだけなのに、なぜかクラスで見るより柔らかく見える。

「……うん」

 それ以上何を言えばいいのか分からなくて、俺は視線を逸らした。

 とはいえ、こんな白石を見れるのは隣の席の特権だろうよ。

 作業中、会話はほとんどなかった。

「これ、どう思う?」
「……いいと思う」

 そんなやり取りが、ぽつぽつ続くだけ。

 会話なんて呼べるものがあるわけでもなく、当たり前に白石も不機嫌…………ではない?

 見間違えか?

 どこか楽しそうな。いつもより表情が穏やかな気が…… 

 かくいう俺も、不思議と居心地は悪くなかった。

 むしろ――

 静かな空間の中で、白石がページをめくる音や、
 ペンを動かす仕草が、やけに気になった。

「あっ……」

 小さな声。

 見れば、白石が手元のお茶をこぼしていた。

 慌てたようにティッシュを取ろうとして、動きが少しだけぎこちない。

 ……あれ?

 クラスで見る白石とは、どこか違う。

 近寄りがたくて、完璧で、隙がなくて。
 そんな印象だったはずなのに。

 今目の前にいるのは、
 少し不器用で、少し慌てていて、普通の女の子みたいな――

「……白石じゃないみたいだな」

 ぽろっと、口から漏れた。

「なにそれ」

 白石が、少しだけ眉を寄せる。

「【悲報】シリーズでしょ?」

「は?」

 唐突に言われて素っ頓狂な声が出る。

「ユイを主人公にしたゲーム。2人で協力するやつ」

 ……え? なんで俺がやってるゲーム知ってるの?

「ていうか、いつまで白石呼びなの?」

 呼び名か。確かに呼び捨ては良くないか。

「あ……いや、その……ごめん。白石さん……」

「……そうじゃないでしょ」

 ため息混じりに言われて、俺は完全に言葉を失った。

 そんなに俺は嫌われることをしたのか?

 雰囲気もいつもの教室と同じ雰囲気に戻ってるし。

 俺の中で、白石という人物が不思議な生き物になっていた。

 そして、昔やった”ユイ”が主人公のゲームを気がつけば手に取っていた。

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