君だけが俺をユイと呼ぶ~第2話 ユイというワード~

君だけが俺をユイと呼ぶ

 あの言葉が、頭から離れない。
 大好きなゲームをしていても、指先だけが勝手に動いて、意識が追いついてこない。

 ――ユイはズルいな……

 昼間、白石が確かにそう呟いた。

「ユイって……誰なんだ」

 声に出した瞬間、胸の奥に小さな違和感が残った。
 机の上をなぞる指先が、何かを探すみたいに迷っている。
 けれど、掴めるものは何もなくて、空白だけが残った。

「草原と……茶髪の少年……」

 断片的な光景。
 あの少年も、確かに誰かをユイと呼んでいた。

 ――俺は、あいつを知っているのか?

 ●

 翌朝、もし白石がまたユイって名前を出したら、今度こそ聞こう。
 そう思っていたのに、この日は一度も話せなかった。

 今日は、あの光景も浮かばなかった。

 関係あるのか?
 そう考えた瞬間、今度は逆に落ち着かなくなる。

 息を吐くと、机に伏せた腕がわずかに震えていた。

 特に理由があったわけじゃない。
 ただ、その夜は、昔やっていたゲームを起動していた。

 何度もクリアした、お気に入りの一本。
 最後に触れたのは、もう何年も前だった。

 ……まだデータ、残ってるんだな。

 ロード画面が表示される。

 プレイヤー名:ユイ

「……は?」

 自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。

 指が、ボタンの上で止まる。
 コントローラーの感触だけが、やけに冷たい。

 主人公の名前が――ユイ。

 なんで。
 いつ。
 誰が。

 言葉がひとつずつ、胸の内側に落ちてくる。

 だから、あんなに引っかかっていたのか。
 だから、胸の奥がざわついていたのか。

 白石が口にした名前と、
 俺が昔、このゲームにつけた名前が……。

 ●

 翌朝。

 白石を見つけた瞬間、確かめずにはいられなかった。
 冷徹だの、鉄仮面だの。
 そんな評判のことは、もう頭から消えていた。

「この前さ」

 声をかけると、白石は黙ってこちらを見る。
 値踏みするような視線。

「……ユイって言ってたよな?」

 教室が、わずかに静まったのが分かった。
 けれど、そんな空気は気にしていられない。

「俺も昔やってたゲームで、同じ名前つけてたんだ」

 思ったより、声がよく通った。

 その瞬間だった。
 周囲の空気が、目に見えて変わった。

 妙だと思って視線を巡らせて、ようやく気づく。

 全てがスローモーションのように見えた。

 隣の席の男子は、笑いかけた表情のまま固まっている。
 後ろの女子は、何か言いかけて口元を押さえたまま動かない。

 白石だけが、目を見開いたまままっすぐ俺を見ていた。

 瞳の中の俺が俺を見る。
 そして少しずつ歪んでいく。

「……え?」

 誰かの声が、ひどく遠くで響いた。

 次の瞬間、世界が元の速度に戻る。

 ざわめき。
 視線。
 息苦しいほどの沈黙。

 教室の空気が、一瞬で凍りついた。

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