あの言葉が、頭から離れない。
大好きなゲームをしていても、指先だけが勝手に動いて、意識が追いついてこない。
――ユイはズルいな……
昼間、白石が確かにそう呟いた。
「ユイって……誰なんだ」
声に出した瞬間、胸の奥に小さな違和感が残った。
机の上をなぞる指先が、何かを探すみたいに迷っている。
けれど、掴めるものは何もなくて、空白だけが残った。
「草原と……茶髪の少年……」
断片的な光景。
あの少年も、確かに誰かをユイと呼んでいた。
――俺は、あいつを知っているのか?
●
翌朝、もし白石がまたユイって名前を出したら、今度こそ聞こう。
そう思っていたのに、この日は一度も話せなかった。
今日は、あの光景も浮かばなかった。
関係あるのか?
そう考えた瞬間、今度は逆に落ち着かなくなる。
息を吐くと、机に伏せた腕がわずかに震えていた。
特に理由があったわけじゃない。
ただ、その夜は、昔やっていたゲームを起動していた。
何度もクリアした、お気に入りの一本。
最後に触れたのは、もう何年も前だった。
……まだデータ、残ってるんだな。
ロード画面が表示される。
プレイヤー名:ユイ
「……は?」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
指が、ボタンの上で止まる。
コントローラーの感触だけが、やけに冷たい。
主人公の名前が――ユイ。
なんで。
いつ。
誰が。
言葉がひとつずつ、胸の内側に落ちてくる。
だから、あんなに引っかかっていたのか。
だから、胸の奥がざわついていたのか。
白石が口にした名前と、
俺が昔、このゲームにつけた名前が……。
●
翌朝。
白石を見つけた瞬間、確かめずにはいられなかった。
冷徹だの、鉄仮面だの。
そんな評判のことは、もう頭から消えていた。
「この前さ」
声をかけると、白石は黙ってこちらを見る。
値踏みするような視線。
「……ユイって言ってたよな?」
教室が、わずかに静まったのが分かった。
けれど、そんな空気は気にしていられない。
「俺も昔やってたゲームで、同じ名前つけてたんだ」
思ったより、声がよく通った。
その瞬間だった。
周囲の空気が、目に見えて変わった。
妙だと思って視線を巡らせて、ようやく気づく。
全てがスローモーションのように見えた。
隣の席の男子は、笑いかけた表情のまま固まっている。
後ろの女子は、何か言いかけて口元を押さえたまま動かない。
白石だけが、目を見開いたまままっすぐ俺を見ていた。
瞳の中の俺が俺を見る。
そして少しずつ歪んでいく。
「……え?」
誰かの声が、ひどく遠くで響いた。
次の瞬間、世界が元の速度に戻る。
ざわめき。
視線。
息苦しいほどの沈黙。
教室の空気が、一瞬で凍りついた。

