「意外だったな」
土曜日の朝、白石との待ち合わせ場所で俺が言うと、白石は何が? と目を丸くした。
「てっきり。は? なんで? とか言って断られるかと思ったからさ」
「さすがに断れないでしょー」
クラスのあの空気だよ? とケタケタ笑うが、それって断りたかったってことじゃ?
「でも嬉しかったよ」
にこりと微笑む。
スタスタと先を歩く。
「で。どこに行くの?」
これだ。今はコンが出ている。
●
今の白石には3つの顔がある。
クラスのみんなに見せる白石の顔。
前まで見せてくれていた、少しポンコツなコンの顔。
そして最近俺の前だけで見せる、不思議探しの顔。
『今日はコンが少し出ている気がする』
「映画かぁー。行ったことないなぁー」
その言葉を聞いて、俺は飲み物を吹き出しそうになった。
「そうなのか?」
「私が居たところすっごく田舎だよ? キミも知ってるはずなのになー」
「あぁ。草原の場所か?」
「すっごく綺麗なんだよ!」
「今度連れてってくれよ」
「「……」」
話しの流れで言った言葉だった。
しかし、この前の電車での出来事が脳裏に浮かぶ。
白石もきっとそうだったのだろう。
「いつかね……」
顔が。
白石になってしまった。
●
今日はきっとデートだ。
クラスの誰もが羨むデート。
映画の前にお茶をして、映画を一緒に観て、軽くウインドウショッピングをして、夕飯を食って帰る。
昨日しっかりとシミュレーションをした。
だが、
白石モードの白石はこのプランを許してくれるのだろうか?
「なぁ」
映画館の道中で声をかける。
「ここなんか有名なお店らしいんだけど、寄っていかね?」
「いいけど、時間は平気なの?」
「まだ2時間はあるからよゆー」
そう言って入った店内は、人でごった返していた。
これは、想像以上だ。
「えーとまずは何を頼むか決めないとだな」
落ち着け俺。
心臓がうるさい。
そもそも俺は人混みとか昔から苦手なんだ。
人酔いしてしまう……
「大丈夫」
腕を掴まれて、はっきりとした声がする。
「まずは座る席を確保しよ」
は? 座る席? その前に注文しないと。
「ユイ。しっかりして。コンはずっといるよ?」
白石が。
いや、コンが俺の両頬に手を当てて目と目を合わせてくる。
「いくよ」
ぷいっと。前を向く姿はもう白石だった。
『俺のためにコンに戻ってくれたのか?』
それにしてもいまの状況、いまのセリフ……
どこかで俺は同じ経験をしている――
●
失態だ……
大失態だ……
せっかく練り上げたデートプランは全て破綻した。
あろうことか、映画の最中に寝てしまった……
あの人混みで精神的に疲れたことも、映画の内容がつまらなかったことも、
言い訳にしかならない……
おかげで白石はずっと白石モードだし、夕食中に映画の話題を出すことができなかった。
きっと白石は今日1日つまらなかっただろうよ……
せめて映画は、俺好みのアニメとかだったら良かったのに……
まぁそんなの白石は見ないか。
「ごちそうさま」
口コミほどの味じゃなかったな。
もっとハンバーガーみたいなお店の方が俺は好みだ。
「今日のプランって、キミが頑張って考えたものなの?」
「まぁ。ネットの情報とか見ながら。白石ならこれが好きだろうなってゆーのを考えてみたんだけど」
「もし――」
「ん?」
何かを言いよどんだ白石だったが、聞き返す俺に次ぎの言葉は無かった。
「ほんとだ」
唐突に白石が空を見上げる。
「星。きれいだね」
見上げながら歩き進む。
「お。おい。危ないぞ」
慌てて白石の隣を歩く。
「もし――コンだったら別のプランだったのかな?」
ボソリと言う白石の言葉は、聞き間違いかと思う程にか細かった。
●
白石が星を見て歩く。
家路までの道のりがどんどん遠くなる。
それでも、終わりが近づく――
あぁ。今日が思い出に変わっていく……
忘れたくない思い出に――
「幸せな想い出も忘れちゃうことってあるよね」
いつだかに白石が言った言葉だ。
「どんな想い出も」
「え?」
俺の言葉に白石が足を止める。
「忘れちゃいけないんだな」
「……それは違うと思う」
その声は驚くほど優しかった。
足を止めた白石が真っすぐと俺の目を見据える。
「忘れたっていいんだよ。大事なのは覚えておくことじゃない」
ここで白石は一息置いた。
一瞬目を伏せ、再び俺を見る。
「大事なのは、今の気持ちだよ」
今の……気持ち……
俺は――何か過去にしてしまった……
そのことがコンとも関係している。
俺は今の白石との関係を続けたい。
過去を知ることで、コンとの関係は決裂してしまうかもしれない……
俺は――
過去のことを知らずに今のままの関係を続けたい……
「そうか……」
白石の言葉1つ1つが胸に染みこむ。
感情があちこちにいきながら、気がつけば家の近くまで歩いていた。
この道を真っすぐ歩けば白石の家だ。
「こっち曲がってもいいか?」
言葉が自然に出てきた。
「いいよ? なにかあるの?」
いや。何もない。
ただ、俺がもう少しだけ白石と一緒に居たいんだ。
あぁそうか――
俺はコンじゃなくて、白石のことが好きなんだな……
「今度はさ、アニメ系の映画の方が私は好きかも。ご飯もハンバーガーの方が好きかな」
白石の家の前で白石が俺に言う。
「あぁ。次はそうするよ」
次を期待してもいいのか?
「楽しみにしてるね。また誘ってね」
ばいばい。と手を振ってから白石は家の中へと入って行った。
次はアニメ系の映画だ!
飯はハンバーガーだな?
よぉーし!
自然と足取りが軽くなった。
