ここのところずっと思い出す。
少し昔のことを。
空気がキレイで、風が心地よくて、キミは何の疑いもなく私に言ったよね――
「男は強いんだぜ!」
あの言葉があったから。
キミに助けられたから。
だから私は変われた。
ずっと好きでいられた――
白石の目には涙が浮かんでいた。
ここのところずっとそうだ。
昔のことを思い出すと自然と涙が出てくる。
忘れられたのはこれが初めてではない。
それなのにどうしてこんなにも胸が痛むのだろうか――
●
俺はその日不思議な夢を見た。
朝目を覚ますと内容は覚えていなかった。
ただ、妙に胸がざわつくような、懐かしいような不思議な夢だった気がする。
「草原。と……少年?」
俺は草原と少年を絶対に知っている。
なんだか思い出せそうな気がする。
思い出したい。
のに――
思い出そうとすると、胸が苦しくなって頭が痛くなる。
「俺はもしかして――」
思わず声がでた。
きっとそうだ。
心が拒否している。
その理由は――
辛い思い出だから?
そして俺は予感する。
白石と行動を共にすると、その辛い思い出を思い出してしまう。
だんだんと次にくる土曜日が憂鬱になってきた。
●
来て欲しくないと思えば思う程、土曜日は早くやってきた。
白石、いやコンは淡いブルーのシャツにチェック柄のスカートを履いている。
「へっへっへー。今日はおめかししてきましたー。どう?」
コンがクルクル。と回って見せる。
「いいと思う」
「それだけー?」
「それだけだ。だいたい何でコンの時はそんなにキャラが違うんだ? 前はコンの時でも白石らしさが残ってたぞ?」
そう言うと、コンはキョトンとした顔を見せた。
「私がキャラを使い分けてるの気づいてくれてたんだ?」
「はぁ? 当たり前だろ? あからさまだし」
そう言うと、ふーん。そっか。
と、何がそっか。なのか分からないがコンは満足そうな顔をした。
「ねぇユイ」
しばらく歩くと、突然コンが言う。
いまだにユイと呼ばれるのには慣れない。
「んー?」
曖昧な返事をした。
少しめんどくさそうな。
「やっぱなんでもない。あっ! お団子買って行こうよ!」
いつものお店でみたらし団子を2つ買う。
白石は――コンは俺のことを知っているのだろうか?
探してた。調べてた。と言っていたがその理由は?
はいっ。と渡されたみたらし団子を見つめながら、心臓が高鳴る。
幼い頃、俺がユイと呼ばれていた少年を傷つけていたとすると?
その少年はコンにとって大切な人だったとしたら?
白石が俺に見せようとしているのは、思い出させようとしているのは――
「なぁ。今日はどこに行くんだ?」
のどがカラカラに乾いた。
「草原!」
ドクン。と心臓が痛んだ。
●
電車を何回か乗り換えると草原の場所に着くらしい。
俺は気が気でなく、コンの話しも耳に入らず、いったいどこで乗り換えたのかすら覚えていない。
「ちょっと聞いてるの?」
さっきよりもはっきりとした声がする。
「え?」
隣で不機嫌に立つコンを見る。
「さっきからずっと上の空だねぇ」
明らかに不機嫌な声を出す。
「あぁ。ごめん……」
「さっきも言ったけどさぁ」
少し背の低いコンが、上目遣いで見てくる。
「今から行く草原ってね。私の想い出の場所でさ。そこが全ての始まりの場所なんだよね」
急に呼吸が苦しくなった。
少しずつその場所に近づいているのが分かる。
時間が止まればいいのにと思った。
「ユイも知ってる場所だよ?」
そうだろうよ。
きっとコンが俺に求めているのは、贖罪だ……
「そうか……」
真っすぐ見つめてくる視線が痛くて逸らす。
「私なんとなく気づいたんだけど、ユイ。忘れてるよね? 草原でのこと……」
胸が痛くなる。
黙ったまま俺は頷いた。
「着くまでまだあるからさ。少し話してあげるよ」
「あくまでも私の主観だからね? 私だけがそう感じていたのかもしれないけど」
そう前置きをしてコンは語り出した。
●
まだ善も悪も知らない頃。
私たちは青空の下を毎日のように走り回っていた。
娯楽なんて何もなくて、草原を走り回るくらいしか遊びがなかった。
それでも私たちは幸せだった。
少なくとも私は本当に幸せだった。
贅沢がしたいわけじゃない。
お菓子が買いたいわけでもない。
ただずっと傍にいたかった。
ずっとずっと……
草の匂いが鼻をくすぐって、日が暮れるまで毎日毎日駆けずり回っていた。
こんな日常がずっと続くと思っていた。
少なくとも私はそう信じていた――
私と……ユイと……
「もういいよ」
●
俺はコンの話しを遮った。
「そうだよね。こんなのユイは思い出したくないよね……」
当たり前だろ?
それにコンにとっても……
そこまでして、俺に罪の意識を――
そんなことを考えながらコンのことを見ると、コンは妙に寂しそうな横顔を俺に見せた。
「やめよう」
唐突に言われた。
「嫌なのに思い出しちゃう場所に行くのはよくないよ」
そう言って、笑顔を俺に見せる。
さっきまで寂しそうな顔をしていたのに?
その笑顔が教室で見せる笑顔と同じで――
偽物の笑顔で――
纏う空気が冷たくなっていく。
「ごめんね。無理に突き合わせちゃって」
心の底からの笑顔じゃない……
コンが白石に戻っていく……
「それじゃ」
電車が停まってドアが開くと同時に、一言そう言って白石は電車を1人降りて行った。
電車に残されたのは、俺と虚しさだけだった。
