君だけが俺をユイと呼ぶ~第7話 草原のキミ~

君だけが俺をユイと呼ぶ

 ここのところずっと思い出す。
 少し昔のことを。
 空気がキレイで、風が心地よくて、キミは何の疑いもなく私に言ったよね――

「男は強いんだぜ!」

 あの言葉があったから。
 キミに助けられたから。
 だから私は変われた。

 ずっと好きでいられた――

 白石の目には涙が浮かんでいた。

 ここのところずっとそうだ。

 昔のことを思い出すと自然と涙が出てくる。

 忘れられたのはこれが初めてではない。
 それなのにどうしてこんなにも胸が痛むのだろうか――

 ●

 俺はその日不思議な夢を見た。

 朝目を覚ますと内容は覚えていなかった。
 ただ、妙に胸がざわつくような、懐かしいような不思議な夢だった気がする。

「草原。と……少年?」

 俺は草原と少年を絶対に知っている。
 なんだか思い出せそうな気がする。

 思い出したい。
 のに――
 思い出そうとすると、胸が苦しくなって頭が痛くなる。

「俺はもしかして――」

 思わず声がでた。
 きっとそうだ。
 心が拒否している。
 その理由は――

 辛い思い出だから?

 そして俺は予感する。

 白石と行動を共にすると、その辛い思い出を思い出してしまう。

 だんだんと次にくる土曜日が憂鬱になってきた。

 ●

 来て欲しくないと思えば思う程、土曜日は早くやってきた。

 白石、いやコンは淡いブルーのシャツにチェック柄のスカートを履いている。

「へっへっへー。今日はおめかししてきましたー。どう?」

 コンがクルクル。と回って見せる。

「いいと思う」
「それだけー?」
「それだけだ。だいたい何でコンの時はそんなにキャラが違うんだ? 前はコンの時でも白石らしさが残ってたぞ?」

 そう言うと、コンはキョトンとした顔を見せた。

「私がキャラを使い分けてるの気づいてくれてたんだ?」
「はぁ? 当たり前だろ? あからさまだし」

 そう言うと、ふーん。そっか。
 と、何がそっか。なのか分からないがコンは満足そうな顔をした。

「ねぇユイ」

 しばらく歩くと、突然コンが言う。
 いまだにユイと呼ばれるのには慣れない。

「んー?」

 曖昧な返事をした。
 少しめんどくさそうな。

「やっぱなんでもない。あっ! お団子買って行こうよ!」
 いつものお店でみたらし団子を2つ買う。

 白石は――コンは俺のことを知っているのだろうか?
 探してた。調べてた。と言っていたがその理由は?

 はいっ。と渡されたみたらし団子を見つめながら、心臓が高鳴る。
 幼い頃、俺がユイと呼ばれていた少年を傷つけていたとすると?
 その少年はコンにとって大切な人だったとしたら?
 白石が俺に見せようとしているのは、思い出させようとしているのは――

「なぁ。今日はどこに行くんだ?」
 のどがカラカラに乾いた。
「草原!」

 ドクン。と心臓が痛んだ。

 ●

 電車を何回か乗り換えると草原の場所に着くらしい。
 俺は気が気でなく、コンの話しも耳に入らず、いったいどこで乗り換えたのかすら覚えていない。

「ちょっと聞いてるの?」

 さっきよりもはっきりとした声がする。
「え?」
 隣で不機嫌に立つコンを見る。

「さっきからずっと上の空だねぇ」
 明らかに不機嫌な声を出す。
「あぁ。ごめん……」

「さっきも言ったけどさぁ」
 少し背の低いコンが、上目遣いで見てくる。
「今から行く草原ってね。私の想い出の場所でさ。そこが全ての始まりの場所なんだよね」

 急に呼吸が苦しくなった。
 少しずつその場所に近づいているのが分かる。
 時間が止まればいいのにと思った。

「ユイも知ってる場所だよ?」

 そうだろうよ。
 きっとコンが俺に求めているのは、贖罪だ……

「そうか……」

 真っすぐ見つめてくる視線が痛くて逸らす。
「私なんとなく気づいたんだけど、ユイ。忘れてるよね? 草原でのこと……」

 胸が痛くなる。
 黙ったまま俺は頷いた。

「着くまでまだあるからさ。少し話してあげるよ」
「あくまでも私の主観だからね? 私だけがそう感じていたのかもしれないけど」

 そう前置きをしてコンは語り出した。

 ●

 まだ善も悪も知らない頃。

 私たちは青空の下を毎日のように走り回っていた。

 娯楽なんて何もなくて、草原を走り回るくらいしか遊びがなかった。

 それでも私たちは幸せだった。

 少なくとも私は本当に幸せだった。

 贅沢がしたいわけじゃない。

 お菓子が買いたいわけでもない。

 ただずっと傍にいたかった。
 ずっとずっと……

 草の匂いが鼻をくすぐって、日が暮れるまで毎日毎日駆けずり回っていた。

 こんな日常がずっと続くと思っていた。

 少なくとも私はそう信じていた――

 私と……ユイと……

「もういいよ」

 ●

 俺はコンの話しを遮った。

「そうだよね。こんなのユイは思い出したくないよね……」

 当たり前だろ?
 それにコンにとっても……

 そこまでして、俺に罪の意識を――

 そんなことを考えながらコンのことを見ると、コンは妙に寂しそうな横顔を俺に見せた。

「やめよう」

 唐突に言われた。

「嫌なのに思い出しちゃう場所に行くのはよくないよ」

 そう言って、笑顔を俺に見せる。

 さっきまで寂しそうな顔をしていたのに?

 その笑顔が教室で見せる笑顔と同じで――

 偽物の笑顔で――

 纏う空気が冷たくなっていく。

「ごめんね。無理に突き合わせちゃって」

 心の底からの笑顔じゃない……

 コンが白石に戻っていく……

「それじゃ」

 電車が停まってドアが開くと同時に、一言そう言って白石は電車を1人降りて行った。

 電車に残されたのは、俺と虚しさだけだった。


 

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