『クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう』 ――助けたいだけなのに、選択肢が残酷すぎる~第36花 気づいてしまった名前~

フラ壊

 ダリアは、ノートを見なかった。

 正確に言えば――
 見なくても分かった、という顔をした。

「そのページ、閉じるの早すぎ」

 放課後の教室。
 窓の外はオレンジ色に傾いているのに、彼女の声だけが妙に冷たい。

「……何の話だよ」

 俺はノートを机の端に押しやった。
 指先が、まだ震えているのが自分でも分かる。

 ダリアは席に腰かけ、頬杖をついた。
 いつもの軽い笑み。
 でも、目だけが笑っていない。

「ねえアスター。さっき、書こうとしてたよね」

 心臓が、嫌な音を立てた。

「書いてない」

「うん。書いてない」

 その言い方が、逆に刺さる。

「でもさ。――“書きそうになった”」

 ダリアは、ゆっくりと立ち上がった。
 一歩。
 また一歩。

 距離が縮むたびに、逃げ道が消えていく。

「最近のあなた、分かりやすすぎ」

 机の上のノートに、視線を落とす。
 触れない。開かない。
 ただ、そこに“ある”ことを確認するだけ。

「その反応。
 赤い文字、いつもと違ったでしょ」

 俺は答えなかった。

 でも、それが答えだった。

「……名前」

 ダリアが、ぽつりと言う。

「“書かないって決めてた名前”」

 息が止まる。

 彼女は俺を見ない。
 窓の外でも、床でもなく――
 俺の指先を見ていた。

「ペン、持つ手がさ。
 今までで一番、迷ってた」

 ぞっとした。

 ダリアは、見える人間じゃない。
 それなのに、選択の重さだけを正確に嗅ぎ取る。

「……誰だよ」

 声が、ひどく低くなった。

 ダリアは、少しだけ首を傾げる。

「それ、私が当てたらどうする?」

「――やめろ」

「ふふ」

 小さく笑ってから、真顔になる。

「ねえ。
 それ、スズランでしょ」

 世界が、止まった。

 否定する言葉は、いくらでもあるはずだった。
 なのに、喉が動かない。

 ダリアは、俺の沈黙を楽しむように眺めてから、続ける。

「違ってたら、ごめん。
 でもさ……」

 一歩、さらに近づく。

「“一番書きたくない名前”って、
 一番助けたい名前でもあるんだよね」

 机の上のノートが、やけに遠い。

「アスター。
 あなた――もう、逃げられないところまで来てる」

「……黙れ」

「黙らないよ」

 ダリアは、はっきりと言った。

「だって、ここからが一番面白いんだもん」

 その言葉に、悪意はなかった。
 ただの事実を述べているだけの声。

「書く?
 それとも、見殺しにする?」

 どちらも、地獄だ。

「どっちを選んでも、
 あなたは“選んだ人”になる」

 ダリアは、俺の横をすり抜け、出口へ向かう。

 振り返らずに、最後に一言。

「ちなみに」

 ドアの前で立ち止まり、微笑んだ。

「私なら――
 書くね。後悔する方が、長く楽しめるから」

 扉が閉まる。

 教室には、俺とノートだけが残った。

 ページを開けば、
 あの名前は、もう隠れてくれない。

 それでも俺は、
 まだペンを置いたままだった。

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