昼休みの教室は、騒がしい。
机を寄せて笑う声。
スマホの画面を覗き込む声。
廊下から聞こえる足音。
そんな中で、スズランは一人、静かに決めていた。
(……やっぱり、気のせいじゃない)
あの二人。
アスターとダリアの間には、何かがある。
それが恋なのか、共犯なのか、依存なのか。
スズランにはまだ分からない。
でも――
“あのノート”が関係していることだけは、妙に確信できた。
視線の端で、アスターは今日もノートを開いている。
周囲の喧騒を完全に遮断したみたいに、黙々とページをめくっていた。
ダリアはその斜め前。
何も言わず、何もしていないのに、どこか“見張っている”ようにも見える。
……気味が悪い。
スズランは、小さく息を吐いた。
「……よし」
そう呟いて、立ち上がる。
向かったのは、ダリアの机だった。
「ねえ、ダリア」
ダリアはゆっくり顔を上げる。
その目はいつも通り静かで、感情の底が見えない。
「なに?」
スズランは、できるだけ軽い声を作った。
「最近さ、アスターとよく一緒にいるよね」
ダリアは、ほんの一瞬だけ瞬きをした。
「……そう?」
「うん。なんていうか、よく隣にいるなって」
言葉はあくまで雑談。
でも内心では、神経を研ぎ澄ませていた。
ダリアの反応を、一つも逃さないように。
「偶然じゃない?」
あまりにも自然な答えだった。
声のトーンも、表情も、いつも通り。
だからこそ、スズランは余計に引っかかった。
「ふーん……」
スズランは、机に指先をとん、と置いた。
「じゃあさ。あのノート、なに書いてるか知ってる?」
教室の空気が、ほんのわずかに変わった。
騒がしさはそのままなのに、
スズランの周囲だけ、妙に静かに感じる。
ダリアは、すぐには答えなかった。
ただ、スズランを見ている。
まるで、「どこまで気づいてるの?」と測るみたいに。
「……さあ」
やがて、ダリアは口を開いた。
「日記とかじゃない?」
「へぇ」
スズランは、わざとらしく笑う。
「でもさ、あんなにずっと書いてるって、普通の日記にしては長くない?」
ダリアの視線が、ほんのわずかに細くなった。
気のせいじゃない。
これは、確実な反応だった。
「……気になるなら、本人に聞けば?」
淡々とした声。
けれど、その奥に、微かな棘が混じっている。
スズランは、その棘を見逃さなかった。
(……やっぱり)
確信が、胸の中で形を持ち始める。
ダリアは、ノートのことを“知っている”。
それも、ただ知っているだけじゃない。
――守っている。
スズランは、少しだけ声を落とした。
「ねえ、ダリア」
「なに」
「……あれ、見ちゃいけないものだったりするの?」
今度は、ダリアがすぐに答えなかった。
数秒。
ほんの数秒なのに、やけに長く感じる沈黙。
そして、ダリアは小さく微笑った。
「……どうしてそう思うの?」
その笑みは、今までで一番、読めなかった。
優しいようで、冷たい。
楽しんでいるようで、試している。
スズランは、背筋にぞわりとしたものを感じながらも、視線を逸らさなかった。
「……なんとなく」
嘘だ。
なんとなく、じゃない。
でも、ここで踏み込みすぎるのは危険だとも感じていた。
ダリアはしばらくスズランを見つめたあと、視線を逸らして言った。
「……気にしない方がいいと思うよ」
やけに静かな声だった。
それは忠告にも、脅しにも聞こえる言い方だった。
スズランは、何も言えなくなった。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
このノートには、
この関係には、
自分が思っている以上に深い“何か”がある。
そしてそれを、
ダリアは“手放す気がない”。
席に戻りながら、スズランはアスターの背中を見る。
相変わらず、ノートに視線を落とし続けている。
何も知らない顔で。
それとも――すべてを知っている顔で。
(……やっぱり、直接聞くしかない)
スズランの中で、次の決意が、静かに固まっていった。

