夜更け。
寮の廊下は、しんと静まり返っている。
灯りは落とされ、足音がやけに響く。
スズメは、一人で歩いていた。
(……眠れねぇ)
理由は分からない。
ただ、胸の奥が落ち着かなかった。
今日のこと。
いや、最近のこと。
カケルの様子が、どうもおかしい。
昼間は普通に笑っている。
授業も普通に受けている。
返事も、普通に返す。
――なのに。
(なんか……ズレている)
うまく言葉にできないがそういう感覚があった。
そしてスズメは、昔からこういう勘だけは外さなかった。
階段を上がる途中、ふと足を止める。
時計塔の鐘が鳴った。
……はずだった。
(あれ?)
今、確かに音がしたはずだ。
でも、耳には音が残っていない。
(今の……気のせいか?)
首を振り、歩き出そうとして――
床に落ちている物に気づく。
白い羽根だ。
見覚えは、ない。
学園にこんな鳥がいた記憶もない。
「……なんだ、これ」
それでもスズメがこの羽根を拾ったことには、特に意味はない。
子供が道端に落ちている石を拾うのと同じである。
あえて言葉にするならば、なんとなく。である。
羽根を拾い上げると、妙に温かい。
スズメには、羽根になぜ温もりがあるのかは理解できない。
スズメが羽根に触れた瞬間。
背中に悪寒が走った。
(触れたらダメなやつだ)
理由は分からない。
だが確信する。
スズメは慌てて手を離す。
全身に冷や汗をかいていた。
羽根は、音もなく床に落ちた。
「……カケル」
思わず、名前が口をついて出た。
あいつは――
こんなのを抱えて歩いている気がする。
誰にも言わず、笑いながら。
スズメは唇を噛む。
(俺、バカだけどさ……)
(友達が、普通じゃなくなってることくらいは分かるぞ)
遠くで、風が吹いた。
いや――
吹いた“はず”だった。
(……やっぱ、おかしい)
スズメは羽根を見下ろし、しばらくその場に佇んだ。
その背後で。
何も知らない世界は、今日も何事もなかったように回っている。
――少なくとも、
そう見えているだけだった。
