君だけが俺をユイと呼ぶ~第5話 コンという人間~

君だけが俺をユイと呼ぶ

『今日、ユイの家に行くね』

 昼休み。
 スマホの画面を見たまま、指が止まった。

「……は?」

 声が漏れて、周囲の視線が刺さる。
 反射的に画面を伏せた。

 教えていない。
 家の場所なんて、一度も。

 冗談だろ。
 そう思いたかったのに、胸の奥がじわじわと冷えていく。

 放課後になっても、その感覚は消えなかった。

 家に帰り、靴を脱いだ瞬間。
 チャイムが鳴った。

 心臓が嫌な音を立てる。

 ドアを開けると、

「……やっぱり、ここだった」

 白石が立っていた。

 制服姿のまま、まるで迷う素振りもなく。

「なんで……?」

 声は、自分でも驚くほどかすれていた。

 白石は少しだけ首を傾げる。

「だって、ユイの家でしょ?」

 当たり前でしょ? と言わんばかりに。
 ここに来ることを、最初から当然だと思っている声だった。

 俺は間抜けにも、口をパクパクさせたが、言葉が出てくることはなかった。

 結局、俺はドアを開けたまま一歩退いた。

「……上がれよ」

 それが正しい判断だったのかは、今でも分からない。

 部屋に入った白石は、興味深そうにぐるりと室内を見渡した。
 まるで、初めて来た場所を確認しているというより、記憶をなぞっているような視線だった。

「問題」

 唐突に、白石が言った。

「は?」

「草原。って聞いて、何を連想する?」

「……連想ゲーム?」

「そ。何が浮かぶ?」

 草原と聞いて、浮かぶものなんてひとつしかない。
 あの空気。
 あの匂い。
 あの光。

 けれど、それを口に出す勇気はなかった。

「……風、だろ」

 とりあえず、無難な答えを選んだ。

 白石は少し考えるように視線を上げ、

「風かー。確かに、気持ちよかったよね」

 さらりと言った。

「寝転んで雲見ながら、くだらない話してさ。
『男は強いんだぜ?』って言ってたの、覚えてる?」

 息が止まった。

 視線を向けると、白石の表情は教室にいるときのそれだった。
 どこか遠くを見るような、他人と距離を置いた目。

 俺の中で、何かが静かに崩れていく。

「……そういえば」

 白石が思い出したように言って、袋を差し出してきた。

「これ」

 中身は、みたらし団子だった。

「好きでしょ?」

 心臓が、一拍遅れた。

「……なんで、それ」

 俺がみたらし団子を好んでいることを、誰にも言ったことはない。
 家族にも。友達にも。

「さて。なんででしょーか」

 白石は楽しそうに笑った。

 笑顔なのに、背中が冷える。

 ——知られている。

 俺が思っている以上に、深く。

 しばらくして、白石はあっさりと帰っていった。

 玄関のドアが閉まった瞬間、部屋の静けさが異様に重く感じた。

 さっきまで、誰かの気配があったはずなのに。

 喉がひどく渇いていた。

 チャイム。
 家の場所。
 草原の記憶。
 団子。

 偶然で済ませるには、出来すぎている。

 スマホを手に取るまでに、数分かかった。

 メッセージを打つ指が震える。

『転校してきたのって、俺目当て?』

 既読がつくまで、ほんの数秒だった。

『探すの、苦労したんだよ?』

 画面を見たまま、息ができなくなった。

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