『今日、ユイの家に行くね』
昼休み。
スマホの画面を見たまま、指が止まった。
「……は?」
声が漏れて、周囲の視線が刺さる。
反射的に画面を伏せた。
教えていない。
家の場所なんて、一度も。
冗談だろ。
そう思いたかったのに、胸の奥がじわじわと冷えていく。
放課後になっても、その感覚は消えなかった。
家に帰り、靴を脱いだ瞬間。
チャイムが鳴った。
心臓が嫌な音を立てる。
ドアを開けると、
「……やっぱり、ここだった」
白石が立っていた。
制服姿のまま、まるで迷う素振りもなく。
「なんで……?」
声は、自分でも驚くほどかすれていた。
白石は少しだけ首を傾げる。
「だって、ユイの家でしょ?」
当たり前でしょ? と言わんばかりに。
ここに来ることを、最初から当然だと思っている声だった。
俺は間抜けにも、口をパクパクさせたが、言葉が出てくることはなかった。
結局、俺はドアを開けたまま一歩退いた。
「……上がれよ」
それが正しい判断だったのかは、今でも分からない。
部屋に入った白石は、興味深そうにぐるりと室内を見渡した。
まるで、初めて来た場所を確認しているというより、記憶をなぞっているような視線だった。
「問題」
唐突に、白石が言った。
「は?」
「草原。って聞いて、何を連想する?」
「……連想ゲーム?」
「そ。何が浮かぶ?」
草原と聞いて、浮かぶものなんてひとつしかない。
あの空気。
あの匂い。
あの光。
けれど、それを口に出す勇気はなかった。
「……風、だろ」
とりあえず、無難な答えを選んだ。
白石は少し考えるように視線を上げ、
「風かー。確かに、気持ちよかったよね」
さらりと言った。
「寝転んで雲見ながら、くだらない話してさ。
『男は強いんだぜ?』って言ってたの、覚えてる?」
息が止まった。
視線を向けると、白石の表情は教室にいるときのそれだった。
どこか遠くを見るような、他人と距離を置いた目。
俺の中で、何かが静かに崩れていく。
「……そういえば」
白石が思い出したように言って、袋を差し出してきた。
「これ」
中身は、みたらし団子だった。
「好きでしょ?」
心臓が、一拍遅れた。
「……なんで、それ」
俺がみたらし団子を好んでいることを、誰にも言ったことはない。
家族にも。友達にも。
「さて。なんででしょーか」
白石は楽しそうに笑った。
笑顔なのに、背中が冷える。
——知られている。
俺が思っている以上に、深く。
しばらくして、白石はあっさりと帰っていった。
玄関のドアが閉まった瞬間、部屋の静けさが異様に重く感じた。
さっきまで、誰かの気配があったはずなのに。
喉がひどく渇いていた。
チャイム。
家の場所。
草原の記憶。
団子。
偶然で済ませるには、出来すぎている。
スマホを手に取るまでに、数分かかった。
メッセージを打つ指が震える。
『転校してきたのって、俺目当て?』
既読がつくまで、ほんの数秒だった。
『探すの、苦労したんだよ?』
画面を見たまま、息ができなくなった。

