「……どうして全部食べるのよ……」
手の中の包みを見つめる。
本当は、みんなに食べてもらいたかった。
褒められて、認められて——
あの白石にだって、負けないって思いたかったのに。
家に残っていたクッキーの片を、口に入れる。
「……え?」
なにこの違和感……
いや。絶対に違う。
私がこんなミス!
もう一口食べる。
「なに、これ……」
思わず吐き出しそうになるのを、必死に飲み込む。
――まずい。
そんな言葉じゃ足りない。
どうしてこんなものを——
「……あぁ」
力が抜ける。
私はこんな簡単なものすら作ることができないんだ……
はる様は、これを全部……
「……バカじゃないの……」
ぽろりと涙が落ちた。
はる様は美味しいって言ってたけど、本当は美味しくなかったのね……
みんなに私の失敗料理を食べさせないように配慮してくれたんだわ……
「はる様……どこまで優しいのよ……」
こんなの――
嫌いになれないし、諦められるわけないじゃない……
●
私は今日から紫が嫌いになった。
何も言わなくても朝倉くんは紫の缶を白石さんに渡していた。
もうそこには、当たり前の絆があって、私なんかが入り込む余地なんて全くなかった……
どんなに努力しても、
どんなにズルをしても、
どんなに私の近くで引き留めても、
朝倉くんは白石さんのところに行っちゃうんだな……
私は編み終わったマフラーを見る。
「タイムカプセルに入れるのはこれしかないよね」
私は自分が選んだ薄い黄色い缶の中に、薄い紫のマフラーを入れた。
私は薄い色が好きなんだね……
自分の存在が薄いから。
朝倉くんと一緒に絵の授業を描いた時、薄い紫のアサガオが咲いていたから紫のマフラーを編んでいたのに……
さようなら。
私の大好きだった人――
さようなら。
私の初恋――
●
白石から返事が来た。
たった一言。
しかもあのタイミング、あの場所での返事には絶対に意味があるはずだ……
まず考えられる意味としては、俺と直接話したくないということ。
これはあるだろうな。
だから、あえてメッセージを送ってきた。
タイミングはただの嫌がらせか?
俺は白石に返事を送れずにいた。
覚悟が決まらないから。
「俺はズルくて弱い人間だな」
きっとこんな俺を落合が見たら笑うんだろうな。
塩田って凄いな。
自分の弱さをしっかりと知ってて、そこを認めた上で自分を変えようとしてた……
俺は――
過去からずっと逃げてるだけだ……
何度も打っては消した言葉をもう一度打つ。
<明日草原に来てほしい>
……ずっと逃げてた。
それでたくさんの人を傷つけてきた。
今日は吉岡のことを守れたのかな?
けど俺が本当にその笑顔を守りたいのは吉岡じゃない。
震える指で送信ボタンを押す。
画面を閉じる前に既読マークが付く。
心臓がうるさい。
でももう逃げない。
白石から返って来た返事は、よく分からないキャラクターのスタンプだった。
●
草原に着くとそこにはもう白石が居た。
冷たい風が白石の髪を撫でて、その頬を赤く染めている。
「全然草原じゃないなのな」
俺が声をかけると、白石はこっちを振り返って微笑んだ。
「冬は草は全部枯れちゃうからね」
荒れ果てた場所なのに、白石がいるだけでそこに一輪の花が咲いているかのようで、目を奪われた。
「ユイがちゃんと向き合ってくれるなら、コンも向き合うね?」
そう言って白石、いやコンは手を差し伸べてくれた。
「……」
俺は、すぐにそれに反応することができなかった。
既視感を覚えたからだ。
「どうしたの?」
コンが小首を傾げる。
あぁ――
俺とコンはずっとこうだった。
ずっとコンが手を差し伸べてくれて、俺を導いてくれてた……
俺は何も言わずにその手を取った。
コンの手は、俺が思っていた以上にか弱くて震えていて今にも壊れそうで……
俺はずっとこの手を、この笑顔を、この表情を、この関係を守りたかったんだ――
