それにしてもそうか。
白石にとって、俺はただの友達。
よくよく考えてみれば思い当たる節がいくつもある。
俺が勝手にデートだと思い込んでいただけで、白石にとっては友達と遊んでいただけ。
俺は次のデートの約束をこぎつけるために必死にハンバーガー屋を探したり、アニメの映画を調べたりした。
今なら分かる。
白石の言った、そうじゃない。の意味が。
俺、すっげー恥ずかしいことしてたのか……
佐々木が去った後の美術準備室で1人呆然としていた。
しばらくすると、窓を閉めて教室を出ようとした。
しかし、またもや別の人物が教室に入ってきた。
●
「あ」
美術準備室のドアを開けたのは、同じクラスの女子だ。
確か塩田朔美とかいう名前。
特に印象はないな……
あえてあげるなら、背が低いくらいか。
塩田は俺が教室にいるのに気づき、ドアの前で立ち止まっている。
いや、固まっていると言った方がいいか。
「えーと……使う?」
俺が声をかけると、びっくりとした様子を見せる。
ふと教室での光景を思い浮かべた。
そういえば、クラス中の女子が白石の友達になろうと必死なのに、塩田はその輪にいなかった。
なんというか、人付き合いが苦手なのかもしれない。
俺も人との距離は取りたいと思っていたから気持ちは分かる。
「これ。出る時ちゃんと戸締りしてね」
それだけ言って俺は教室の鍵を机に置いて出ようとした。
しかし、なんと塩田が声をかけてきたのだ。
「待って」
白石が声をかけてきた時も驚いたが、塩田が声をかけてくるのもびっくりする。
「?」
俺は教室から出るのを一旦やめて塩田を見る。
「……にしてください」
ボソボソ話しててちょっと何て言ったのか分からなかった。
「ごめん。なんて?」
俺が聞き返すと、塩田はまたビクッ。と身をすくませる。
「ごめんなさい……あの……私がここにいたのを内緒にしていてください……」
「べつにいいけど?」
「ほんとですか?」
「ほんともなにも。わざわざ言う程のことでもないし」
どこの教室に誰がいたなんてどうでもいいことだろう。
「私にとっては重要なことなんです」
「あ。あぁ。わかった。そんなに重要ってなら絶対に誰にも言わないよ」
「ありがとうございます!」
本気で全力で感謝された。
「えっと……じゃあ俺は行くから……」
気まずい沈黙から逃げるように俺は教室から出る。
チラリと塩田の横顔を見ると、心底ほっとしたような表情をしていた。
この時の俺はまだ知らなかった。
塩田が俺の人生を大きく変える存在になることを……
●
翌朝、昨日のこともあってか俺は何気なく塩田の方を見た。
やっぱり相変わらず喧騒の中、1人で黙々と何かに没頭している。
その様子を気に留めるクラスメイトは1人もいない。
片や相変わらず白石の方は賑やかだった。
自分でも驚いたのだが、塩田は白石の前の席だった。
それなのに、昨日の出来事がなければ気がつかなかった。
そして、白石との関係が終わったとクラス全員から思われている俺の周りにも、人だかりはもうできていない。
「よ!」
この毎回俺のことを慰めてくれた、落合ゆたかと佐々木を除いては。
「まーたかおるちゃんのこと見てるー」
ニヤニヤと佐々木が笑う。
「いや。見てない」
そこでふと思った。
「なぁ2人とも。あの白石の前の席の子。名前なんだっけ?」
「いやー。俺は知らねえーなー」
頭の後ろをポリポリと掻きながら落合が言う。
「あー。さく?」
驚いた。
佐々木が知っていたとは。
「私中学一緒だから」
俺が驚いた顔をしていたからだろう。
最後に付け足した。
やっぱり影の薄い存在って感じか。
「そうだ。俺白石に謝らないといけないことあったんだった」
そう言って、椅子から立ち上がって白石の元に行こうとすると、佐々木と落合の2人に止められた。
「やめておきな」
「やめとけよ」
「何で??」
ただ単に謝るだけだよ?
「お前自分がどういう状況なのか分かってないのか?」
「また勘違いされるわよ?」
「何を大げさな」
俺は心配する2人をよそに、白石の机に向かって歩き出した。
背後から落合の、警告したからな。という言葉が追いかけてくる。
●
白石の席には人がごった返していて、容易には近づけない。
しょうがない。ここから声をかけるしかないか。
俺は白石の席の斜め前辺りの、少し遠目から声をかけた。
「白石。ちょっといいか」
騒がしかったクラスが一瞬にして静まり返った。
クラス中が注目している。
もういいよ。そういうの。
「なに?」
「ちょっと」
さすがにこんな注目されている場所では、恥ずかしすぎる。
「ここじゃダメなの?」
「いいから来てくれよ」
白石はめんどくさそうに席を立った。
その様子を全員が見ている。
驚いたことに、塩田も見ていた。
こういうことには興味なさそうな感じだったのに……
一瞬、塩田と目が合った気がした。
俺と白石はそのまま誰もいない廊下へと出た。
「話しって何?」
「あ。あぁ。もう夏だな」
あれ? 俺全然関係ない話ししてるぞ?
「そうだね……暑いし雨降る日も減ってきたし」
「で、何?」
「その……今まで本当にごめん」
頭を下げると、白石は目を丸くした。
何に対して謝られているのか分かっていないようだ。
「無理に遊びに誘ったりとか……そういうの全部……」
最後の方は、自信がなくなり声が小さくなってしまった。
「何だ。そんなこと?」
ずっと強張っていた白石の表情が一瞬。
ほんの一瞬だけ和らいだ気がした。
俺がそう願っていて、そう見えただけかもしれないが……
それでも、空気が柔らかくなった。
「それでな。また、誘ってもいいか?」
なぜか白石は吹き出した。
「今謝ったばかりなのに、また誘うんだ?」
目の端に涙を浮かべている。
そんなにおかしかったか?
「まったく。ユイはほんとユイだね」
え? 今――
白石は教室のドアを開けた。
そして、振り返りながら一言笑顔で添えた。
――誘うのに許可なんていらないよ。
ユイならね――
