君だけが俺をユイと呼ぶ~第36話 白石の不在~

君だけが俺をユイと呼ぶ

 あの日以降、白石は同好会に顔を出さなくなった。
 理由もはっきりと言われた。

 俺といると気まずくなってしまうから。

 そこまで完璧に拒絶されてしまっては、もう手の出しようがない。

 しばらくほとぼりが冷めるまでは、吉岡の方に専念することにしよう。

 あっちの勘違いもそのまま放置するわけにはいかない。

「やっと私と話してくれる気になったの?」
 吉岡だ。
 長い髪を後ろにかきあげて、あからさまなアピールまでしている。

「あの頃の俺らは幼くて、当たり前に結婚とかそんなのどんなのか知らなかった」
「知らなかったから無しにしよう。は理由にならないわよ?」
「子供の約束だぞ?」
「それでも私は本気だったわ。だから今もこうして誰とも付き合って来なかったのよ?」
「俺たちはみんな……」
「?」
「過去に囚われてるんだな……」
「囚われてるんじゃなくて、過去の約束に夢を見ているの」

 あぁそうか。
 白石から見た俺は、きっとこんな風に見えていたんだな。
 過去にしがみついて、今を見ていない。
 これじゃあ、俺も吉岡のために離れなきゃって思うな……

「あのな吉岡」
「河村くん」
「え?」
「河村くんは私のこと好きだったんだね」
「しげは文字通り吉岡に人生を捧げていたよ」
「私もはるくんに人生を捧げてるのよ?」
「いや」
 吉岡の言葉を俺は静かに否定した。
「吉岡は俺に執着してるだけだ。過去にしがみついているだけで今を見ていない」
 今までの俺もな……

 もう俺は、過去にしがみつかない。

 今をしっかりと見つめる。

 そう考えるだけで、しげのことを考えても頭痛はしなくなった。
 自責の念に押しつぶされそうにはなるけども……

「過去をなかったことにするの?」

 そう言って、腕の傷をまた見せつける。

 あの傷は、俺としげの目の前でつけた傷。
 吉岡にとっては過去の象徴……

「私にとっては、この傷が私とはるくんの繋がりなの」
 傷をうっとりと眺めている。
「この傷がある限りはるくんは私のことを絶対に忘れない。忘れられない」

 俺がしげの過去から逃げないことが、吉岡が俺から解放される方法なのかもしれないな。

「吉岡」
 静かに俺は話し出した。
「俺がお前と付き合うことは絶対にない。それを前提に今度俺に付き合ってほしい」
「デートね?」
「どう取ってくれても構わない」

 吉岡は目を輝かせて帰って行った。

 ●

 俺たちの同好会には、どこか穴が空いたような雰囲気が漂っていた。

「白石来ないな」
 落合が零す。
「ちょっと!」
 それを佐々木が咎める。

「早く仲直りしろよ?」

 それだけ言って落合は教室を出て行こうとした。

「もう行くの?」

 塩田が声をかける。

「あぁ。全員が揃っていない同好会なんて意味がないだろ?」

「あいつ。どこ行ったんだ?」
「偉いのよ落合」
 ふふふ。と佐々木が微笑む。
 なんだかその顔を見ると胸がざらつく。
「みんなが揃うまで、短期のアルバイトをして色んなところに行くお金にしてくれるんだって」
「同好会だと部費も少ないからね」
 佐々木の後に塩田も微笑んだ。

 全然知らなかった。
 落合は意外にも、同好会の活動に積極的なのかもしれない。

「さて。朝倉はどうやったらかおるちゃんが同好会に来てくれるのかちゃんと考えてね?」
 どうって。そんなの仲直りするしかないだろ……

「まぁ。努力してみるよ」

 ●

「話しってなに?」

 私が好きな人の好きな人は最近不機嫌だ。

「白石さんが同好会に来ないと、みんながまとまらないの」
「さくみはいい子ね」
「茶化さないでちゃんと聞いて」
「親友として話しを聞いてくれる?」
 白石さんは私のことを親友って言ってくれるんだ。
「もちろん!」
「私は朝倉くんのことが好きなの。でも、ちょっと色々あって、私が朝倉くんの近くにいると、彼の人生の邪魔になってしまうの」
「人生の邪魔?」
「難しいよね。何て言えばいいんだろう……」
 白石さんは少し考える仕草を見せた後、意を決したように目の前のお茶を1口すすった。
「私と朝倉くんは幼なじみなの。でも彼はそのことを覚えていないみたいなの。それはそうだよね。10年以上も前のことだし。それはいいの。もう諦めてるから。でも、私といることで過去がたまにフラッシュバックするみたいなの」
 白石さんは、過去がフラッシュバックと言った。思い出すではなくフラッシュバック……
「だから……距離を置くの?……」
「私は……邪魔者だから……」
 それだけ言って、白石さんは立ち上がった。
 止めることも、否定することもできた。

 私はズルい女だ。
 白石さんは私のことを親友だと言ってくれたのに……

「さくみも頑張ってね」

 にこりと微笑まれた。

「こんなの……絶対に勝てないよ……」

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