君だけが俺をユイと呼ぶ~第37話 心の傷~

君だけが俺をユイと呼ぶ

「なんで小学校なのよ」
 不機嫌そうに吉岡が言う。
「俺が行きたいんだからいいだろ?」
「はるくんがいいならいいけど、私も色々考えてきたのよ?」
「色々って?」
 歩きながら吉岡が考えてきた、今日のプランを聞いてみる。
「まずは駅前のフレンチで一緒にお食事をするわ。その後一緒に映画を見てそこのカフェでお茶をしますわ」
「待て待て待て! 俺はどこかの金持ちか? そんなにお金ないよ」
「あら? お金の心配はいりませんわ」
 忘れてた! こいつはお金持ちの令嬢だった。
 小学生の頃に、こいつの家に遊びに行って驚いたことがあったな……

 ●

 ピーンポーン。
「お邪魔しまーす」
 幼かった俺にもこの家が大きいということは分かった。

 巨大な門が開き、背の高い男の人が出てきた。

『お父さんかな?』
「失礼ですがどなたですか?」
「あ。えっと。吉岡と同じクラスの」
「申し訳ありませんが。どこのどなたかも分からない方を入れるわけにはいきません」
 俺の言葉を遮って、背の高い男の人は玄関のドアをピシャリと閉めてしまった。

 翌朝、俺がクラスに行くと吉岡は俺が家に行ったことなど知らない様子だった。
「昨日吉岡の家に行ったけど、背の高い人が出てきて追い返されちゃったよ」
「そうなの。私の家はちょっと特殊だから、一般人は入れないようにしているのよね」
「いっぱんじん? 俺と吉岡は違うのか?」
「そうよ。住む世界が違うわ。なんで私の家に来たの? お金が欲しかったの?」
「おかねぇ?」
 その言葉を聞いた俺は爆笑した。
 クラスのみんなもつられて笑った。
「朝倉がお金のために動くわけないじゃんー!」
「朝倉くんはある意味お金から一番遠い存在よね」
「おい黙れって。まだクラスに馴染めてないだけなんだから。俺は今までのプリントを渡せって先生に言われただけだよ。ほらこれ」
 俺は昨日渡せなかったプリントを吉岡に渡した。
 なんてことないことだが、こうしたなんてことないことが誰かにとっては大事なことだったりする。
 少なくとも吉岡にとって俺が何の他意も無くプリントを私に行ったという行為は、今まででは考えられないことだったようだ。
「それだけ?」
「確かに渡したからな」

 それからだったな。
 吉岡に付きまとわれるようになって、あの豪邸にも何度もお邪魔したっけ。

 ●

「これからどうするの?」
 小学校に着いたら、吉岡が訊いてきた。
「あぁ。小学生の頃のことって覚えてるか?」
「当たり前でしょ? 私と想い出を語りたかったの?」
「あのなぁ。俺は絶対に吉岡とは付き合わないって宣言しただろ?」
「それで? 勝手に学校には入れないわよ?」
「許可は取ってある」
 俺は吉岡と懐かしの小学校に足を踏み入れた。

「懐かしわねー。あそこ! 覚えてる?」
「あぁ。俺らが小学生の頃はタイヤの遊具があったよな?」
「みんなでじゃんけんしながら進むゲームをしてたわ。私はもちろん! はるくんを応援してたわ」
「あぁ。それは知ってた」
「私の声。届いてた?」
「人一倍声出てたしな」
「そんな恥ずかしいわ」
「ま、俺も吉岡もクラスの中心人物ではあったから、目立ってたってのもあるよな」
「私は特に目立ちたくて目立ってたわけではないわよ?」
「金持ちで美人ってだけで目立つだろ」
「私のこと美人って思ってくれるの?」
「そりゃー一般的に見れば美人だろ?」
「嬉しい」
 その笑顔はとても美しく、見る者を魅了した。

 けど、俺の心には響かなかった。

 小学生の頃からずっと……

 ●

「すごい懐かしかったわ」
「お互い覚えてないことが意外とあるもんだな」
 小学校の帰り道、吉岡が行きたいと言ったカフェでお茶をした。

「今日は私たち2人だけの楽しい思い出を改めて共有させてくれてありがとね?」
「なんか勘違いしてるな」
 ずっと思っていたが、吉岡の愛はかなり歪だ。
「俺は過去を清算しに来たんだ」
「清算?」
「しげのことも、結婚するって言ったことも、吉岡の手首の傷のことも……」
 頭が割れそうに痛む。
 けど、俺はもう逃げない。
 この過去から逃げてたら白石とも正面から向き合えない!

「清算? 自分がしたことを無かったことにするつもり?」
「そうじゃない」
「そんなの絶対に許さない!」
「吉岡。話しを聞いてくれ!」
 思わず立ち上がっていた。
「またそうやって私をどん底に突き落とすのね」
 吉岡が金切り声を上げる。
 周りの客が俺たちを見ているのを感じる。
「いつもいつもいつもいつも!」
 吉岡が髪をかきむしる。
「お客様どうされました?」
「この人が、私を!」
「お嬢様」
 吉岡の言葉を遮るように、吉岡の付き人が店に入ってきた。
「朝倉様。本日はこれまでとさせてください」
 ペコリ。と付き人は頭を下げた。
「お嬢様は、あの日以来時間が止まっておられる。朝倉様を責めるわけではありませんが、心が海の底に沈んだままなんです……」
 吉岡は、付き人に肩を貸してもらいながら店を出て行った。

 心が海の底に沈んだまま……

 俺は――
 過去を清算しようとしたけど、それは俺の独りよがりなのかもしれない……

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